深淵の神 ノーデンス

ノーデンス(ノデンス、ノドンス)とは、実に謎の多い神である。 もっと正確に言うと、名前以外ほぼ何も分からないといったほうが正しい。

この神が現れるのは、かつてのローマ属州時代、3~4世紀と思われる遺跡の碑文の中だけである。この時代のガリア・ケルト文明の例にもれず、文献は全くなく、もちろん説話や伝説、神話の類は一切残っていない。 しかしながら、この名前はアーサー・マッケンを経由してH.P.ラヴクラフトの小説内で描かれたことで、クトゥルフ神話の神として現代のサブカルチャーでもなじみのある名前になっている。

幸い、この神が再発見されたのは1805年のリドニーパークのノーデンス神殿跡発掘調査によるものであり、発掘調査後の資料は多く残され、さらに英語の文献である。ここでは、これらの文献をもとに、どういった経緯でこの神が理解されていったかを追っていく。

1805年 - リドニーパーク発掘調査

リドニーパークは英国グロースター州、セバーン川ほとりの丘の上にある。 この周辺の土地を1723年、バーセスト家が買い取ったのがすべての始まりだった。 この時点でこの丘の周辺はDwarf’s Hillと呼ばれていた。ここに存在する建物が妖精の手によるものと考えられていたためである。また、この段階では3フィートほどの壁が立っており、特にその建物はDwaf’s Chapelと呼ばれていたようである。この壁は、少なくとも1777年までには半分以下の高さに崩落していたという。

遺跡からはコインや遺物がたびたび見つかっていたようだが、明確な発掘調査は1805年、ライト・バーセストによるものを待つことになる。 ライト・バーセストは作業員(1人!)とともに、この丘の上にある遺構を掘り出し、この丘の遺跡の全景を見出し、多くの発掘品を保存したのだった。 現在、ノーデンスに関する資料として存在するのは一部の碑文を除いてほぼすべてがこの神殿跡から出土したものであり、ノーデンスという名前そのもの、犬の置物、海蛇と思われる絵画、下半身が魚の男性画などが見つかっている。ノーデンスという神が、海の神、漁師の神、治療神、果てはケルトの主神など様々な属性を持つように描かれるのは、ひとえにこの断片的な発掘物をどのように解釈すべきか、数多くの人間の仮説が入り混じった結果だといえる。

ところで、この遺跡からの発掘物は、ローマ時代のものなので、当然だがNodensという単語がそのまま出てはこない。碑文からの読み取れるのは、D・M・NODONTI、DEO NUDENTE、DE VO NODENTIといった語である。

19世紀前半 - 発掘物の解釈について

上記のように、ノーデンスはこの遺跡発掘まで知られていない神であり、発掘後、この神がいかなる神であるかは多くの説が唱えられた。特に多く語られたのが、ギリシャ神話のアスクレピオスと同一視するものだったようだ。 ノーデンス神殿からの発掘物には、雄鶏、海蛇、犬といったアスクレピオスとつながりのある動物がみられるほか、中空の手足など、治癒を祈るための奉納物が見つかっているからである。

「深淵の神(God of Abyss)」という、現代ではマッケンの小説を通して有名なフレーズも、この時期に考察された一つであるようだ。それによると、Deus Nodensとはローマ化したつづりであり、元は Deus Noddynsだったのではないかという。これはすなわち、現代英語に直せば、「God of Deep」もしくは「God of Abyss」の意味である。 この説はのちに挙げる、19世紀後半に出版されたリドニーパークの発掘調査記録でもDeus Nodensの項目に挙げられており、マッケンの執筆時期にも近いことから、この二つ名を借用したのだと思われる。