エノク魔術の祖にしてネクロノミコンの翻訳者、ヴォイニッチ手稿の所持者・・・

ジョン・ディーは、16~17世紀のイングランドの人物である。 若くしてケンブリッジ大学で学び、その後、宮廷占星術師としてエドワード6世メアリ1世エリザベス1世に仕えた。 特にエリザベス1世のもとで行った水晶玉観照実験ではメアリ1世の破滅を予言したとされ、寵愛を受ける要因となった。

また、エドワード・ケリーという霊媒(ディー本人は天使との交感を信じていたが、自分では見ることができなかった。)を通して天使会話を実施し、その会話記録が「ジョン・ディー博士と聖霊の間の長年に渡って起こった事柄の真実にして忠実なる報告」 True and Faithful Relation of What Passed for Many Yeers Between Dr. John Dee and Some Spirits という書籍として死後、編集・出版され、後世においてはある種の奇書として伝わった。 ここで天使との会話で使われたといわれる言語は、マクレガー・メイザース黄金の夜明け団による「再発見」と脚色を通して現代オカルティズムにおいてもエノク語として魔術的な色彩を帯びて語られている。

こういったオカルティックな経歴を持つジョン・ディーは、クロウリーらオカルティストだけでなく、様々な作家やはたまた詐欺師にその怪奇的勇名を利用されることになった。 本邦で最も有名なのは、H.P.ラヴクラフトがダニッチの怪の中で魔術書「ネクロノミコン」の翻訳者として使っている姿だろう。もちろん、オリエントの神秘・恐怖のモチーフを主軸としているラヴクラフトの作中であるから、その翻訳は不完全なものである。 また、有名なヴォイニッチ手稿に関しても、その初期の持ち主としてジョン・ディー博士の名前が利用されている。有名な錬金術師であり、王侯貴族との関係も深かったジョン・ディーの名は、胡散臭い写本に魔術的な意味を含ませるのにうってつけの存在であったのに違いない。

近代と中世の狭間

こういった背景から、ある一種の怪人として描かれるディーであるが、しかしながら同時に、紛れもなく近代的な科学的思考を持った人物でもあった。 これを最も表しているのが、ユークリッド原論、この英訳に対してディーが寄せた序文である。 ここでの翻訳は拙訳。元とした英文はGutenburg Projectに収集されているものを参照した。

Mathematicall Praeface

ユークリッドというのは、ユークリッド幾何学、ユークリッド平面といった用語に出てくる人名であり、聞き覚えがあるだろう。